漢方治療の実際

★ 更年期障害

 更年期とは、閉経を挟んだ10年間程度の時期をいいます。その間に、卵巣機能の低下により、女性ホルモンが低下し、ホルモンのバランスがくずれ、種々の不快な症状が出るものが更年期障害と呼ばれます。
 症状としては、ホットフラッシュ(急激なのぼせと発汗の発作)、血圧の激しい変動、頭痛、めまい、肩こり、不眠、疲労感などの不定愁訴といわれる種々の症状や、情緒不安定、不安感、イライラ感、抑鬱状態といった精神症状などが出ます。現代医学では、更年期障害に対しホルモン補充療法(HRT)が行われますが、臨床的効果はあるものの、乳癌や血栓症のリスクが増加することも確かなようです。
 漢方は本来患者さんの症状と、脈診、腹診により、証を診断し、薬方を決めるものですから、現代医学で不定愁訴と呼ばれるものも、漢方では立派な証を構成する一員になります。更年期障害でも、それぞれの患者さんの愁訴と、脈診、腹診から適切な薬方を診断し治療を行うと、症状の改善だけでなく、体調全体も調い、快適な日常を送れるようになるものです。

       更年期障害に頻用される処方

 実証   柴胡加竜骨牡蛎湯:情緒不安定、憂鬱感などの精神神経症状
       黄連解毒湯:のぼせ、亢奮、イライラ感、不眠などに用いる。

 中間症  桂枝茯苓丸:中間症の婦人科疾患では最も頻用される。
       抑肝散:イライラ感、易亢奮、易怒などに用いる。

 虚証   加味逍遥散:不安、不眠、イライラ感などの精神症状や、種々の不定愁訴に用いる。
       当帰芍薬散:虚証で冷え性に用いる。水毒の症状(めまい、むくみなどに用いられる。


       加味逍遥散の症例 更年期症状の再燃
                      「漢方の診察と治療」 山田光胤著より

 症例 60才 女性
 昨年末、何やかやといそがしかった。すると正月になってから、急に身体がカッと熱くなることが多くなり、不安になって、気持ちが落ちつかず、食欲がなくなり、夜もよく眠れなかった。そういうことが3ヶ月もつづいているという。
 中肉中背で、特にこれといった所見もない。血圧128/80。便通正常。ただ舌に白苔が少しある。
 脈は沈で特徴がない。腹診すると腹力はほぼ中等度だが、胃底が臍下4横指に下がっている。これで虚証と判断した。また、右季肋下に軽度の抵抗、右下腹に軽度の抵抗、圧痛があり、胸脇苦満と瘀血と判定された。
 そこで考えた。「これは、やや高齢だが、更年期の症状。腹証は加味逍遥散のもの」と。
 そして、不眠を考慮して、加味逍遥散加酸棗仁とした。加酸棗仁には、屋上屋を重ねるの感があるかと思うが、筆者の手応えでは、この方が、速く睡眠障害を改善できるようなので。
 12日後、大分楽になったといい、胸脇苦満(腹証)が不明瞭になった。
 更に2週間後、稀に眠れないこともあるが、朝起きたときにあった不安感がなくなったという。約2ヶ月で、薬を忘れるようになった。
 4ヶ月後、だいぶ太ってきたといって、服薬を止めた。



                                      金匱会診療所所長
                                            山田享弘