漢方治療の実際

★ 風邪・インフルエンザ

 風邪はウイルス感染症であり、特定の抗ウイルス剤以外の現代医学的治療は無効です。
風邪ウイルスは一般に温度が高いと増殖しにくく、その為に風邪の初期には体温が上がり、その際に抗ウイルス物質が産生されますが、解熱鎮痛剤などを使うとこの治癒機転が働かなくなり、こじれてしまう場合がよくみられます。
漢方による治療、例えば葛根湯などでは、服用後一時的に体温を上昇させ、その間にインターフェロン、インターロイキンなどの抗ウイルス物質が大量に産生されることが解明されています。その後、発汗により解熱し、著効例ではそのまま風邪が治癒します。
 また漢方では、風邪の種々の時期に対し、また種々の症状に対し、それぞれ適応する薬方が用意されています。
 風邪の漢方治療は、約2000年前に書かれた「傷寒論」の治療原則に従って行われます。
 「傷寒論」は急性熱性疾患の治療法を延べた書物ですが、その中で、症状の強い、悪性の疾患を「傷寒」とよび、風邪のような軽い疾患を「中風」とよんでいます。
 「傷寒」は現代のチフス性疾患と考えられておりますが、その治療法は現在のインフルエンザにも充分に応用が可能です。

   風邪・インフルエンザの漢方治療の基本
 漢方では、風邪でも熱のある状態(熱証・陽証)と寒のある(寒証・陰証)状態に分けます。漢方で言う「熱」とは、自覚症状の熱感のことで、体温計で体温が38度、39度あったとしても、病人が悪寒ばかりで熱を感じない場合は寒証と考えます。
 体温の上昇があっても、背中がゾクゾク寒いばかりのような人は、体を温めて風邪を治す「麻黄附子細辛湯」などを用います。
 風邪の初期で、悪寒があっても、それと同時に、またはそのすぐ後に熱感のある場合は「陽証」の風邪(普通はこうなります)と考え、それを虚証の風邪(平素身体が弱い人がなりやすい)と実証の風邪(身体が強い人、インフルエンザなどで症状が強い場合)に分けます。
虚証の風邪と実証の風邪の基本的な鑑別は、虚証の風邪では自然に汗が出ますが、実証の風邪は、熱があって熱がっていても、自然には汗が出ないというのが特徴です。
 虚証の風邪では、「桂枝湯」「香蘇散」「桂枝麻黄各半湯」などを、実証の風邪では「葛根湯」「麻黄湯」「大青竜湯」などを用います。これらは発汗剤といわれ、汗を出させることが治療の目標です。
 
 しかし、これら実証に用いる方剤中には「麻黄」という生薬が配合されていて、狭心症・心筋梗塞などの心臓疾患のある人や前立腺肥大のある人では副作用の出る場合が考えられます。最近インターネットやマスコミ報道などで、インフルエンザに対する「麻黄湯」の有効性が盛んに取り上げられていますが、正確な知識と漢方的診断を抜きにして、このような「麻黄剤」を安易に用いるとそのうちに重大な事故が起こるのではないかと心配しています。

 ここまでは、風邪の初期の話でしたが、初期で治癒できず、長引いてしまったときは用いる薬方も変えなければなりません。胃腸症状や気管支炎症状が出始めたときがその時です。わかりやすい症候としては、舌に白い舌苔が付いてきます。
 こうなりますと、汗を出させる方剤ではだめで、小柴胡湯などの柴胡剤が必要になります。
 このようなことが風邪の漢方治療の原則になりますが、その他にも、咽が痛む場合、咳が出る場合、胸が痛む場合、吐き気が強い場合、下痢の場合など、風邪の色々な症状に対応する薬が漢方にはあります。
 患者さんの身体の状態(陰陽・虚実)と病気の時期、症状によって適正な漢方薬を用いることができれば、風邪・インフルエンザの治療には漢方は非常に有効であるといえます。

                                           金匱会診療所所長
                                                 山田享弘