漢方のお話 2



 第9回:平成10年1月    お屠蘇            
 

あなたのご家庭では元旦にお屠蘇(とそ)をいただきますか?
 屠蘇散とは実は漢方薬を酒に浸した漢方薬酒のことで、無病息災を願う縁起ものです。屠蘇は体をバラバラにして殺されたものが、元の体によみがえることです。
 お屠蘇の風習は中国の魏(ぎ)の時代の名医華陀(かだ)によってつくられ、日本には平安時代に伝わったといわれてます。
 現在の処方は白朮、肉桂、山椒、防風、桔梗の五種類をベ−スにしております。
 本来この処方は風邪(ふうじゃ)を除去する処方で、これで一年の健康を願ったものです。
 風邪とは発熱、悪寒、頭痛のいわゆる感冒のカゼだけではなく、気象現象の風のように目に見えないで変化が分かる、体の表面であちらこちらに動き廻る様な症状を発する病変を指します。例えば神経痛、リュウマチの痛みや痒みのある皮膚病などです。
 古くから伝わるお屠蘇の風習は大晦日に井戸の中につるして、元旦に取り出し、酒の中に入れ、まず年少者から始まって、順次年長者に廻し、東に向かって飲むそうです。
 井戸の中につるすのは井戸水の邪気を払うため。現在は白糖を入れた清酒に屠蘇酸を5日程浸して飲むのが一般的です。
 酒で体を暖めると吸収が速く効き目の良い飲み方になります。欧米の薬酒であるベルガモットやキュラソ−にも一脈通ずる薬用酒です。(小根山隆祥)



第10回:平成10年2月     花粉症
 

 1月も下旬を過ぎると、鼻がグズグズして、目が痒くなってくる患者さんがいます。スギ花粉症です。春の花粉症はスギ以外にもヒノキ、クリ、シラカバなどの樹木の花粉によるものがあります。また、夏の花粉症にはカモガヤ、ブタクサなど雑草によるものが多くあります。
 現代医学の花粉症の治療というと、抗ヒスタミン薬、あるいはステロイドホルモンを含んだ抗ヒスタミン薬等を一般的に使いますが、これらの薬を服用すると眠くなってしまう方が多く、鼻炎症状が強くても、眠気が強くてもどちらにしても仕事にならないということになってしまいます。そこで漢方薬ですが、漢方での花粉症の治療は、漢方の概念でいう水毒(体内での水の偏り、または水の代謝障害)の治療と身体の冷えを改善する治療とが主になります。使われる薬方としては小青竜湯が最も頻用されます。小青竜湯は水様の鼻汁、クシャミがある場合によく効きますし、現代医学の薬のように眠気が起こることはありませんので、使い易い薬であります。しかし、極端に胃腸の弱い方や、逆に非常に体の強い方では別の薬方を使うことが多くなります。
 また、一般的な注意として、外出から帰宅したときは、服、髪の毛などに着いている花粉をよく払ってから家に入り、すぐに手、顔を洗い、うがいをする。洗濯物や布団を干したときには、よく花粉を落としてからしまう、できれば掃除機で吸い、掃除機の排気口は家の外に向ける。外出時は必ずマスクを使う。などといったことに気をつけると良いでしょう。 
 (山田享弘)



第11回:平成10年3月     よもぎ

 通称もちくさといわれ、山菜や薬草として昔から人と深くかかわってきました。山野によくみられるキク科の多年草で葉の上面は緑色、下面は白毛を密生しています。ヨモギの仲間は約250種あり、北半球に広く分布しております。日本だけでも30種あります。薬用にするオオヨモギ(ヤマヨモギ)、カワラヨモギ(黄疸)、ミブヨモギ(回虫駆除)、ニガヨモギ(婦人薬・特に月経誘発剤)、食用にするヨモギなど多くの有用なものがあります。ヨモギの茎葉のよく生い茂った夏の土用の頃に刈り取り、葉を乾燥して揉むか、あるいは臼でついてくだき、粉末を除くと葉の裏側の毛だけが残ります。この綿毛を集めて灸の艾・矢立の墨つぼ・大工道具の墨つぼ・印鑑に使用する朱肉などに用いられてきました。江戸時代から伊吹艾や日光艾が有名でした。艾葉(ガイヨウ)はオオヨモギの乾草で温性収斂性止血薬として、下腹部の冷え、月経痛、月経不順、腹痛、子宮出血などに服用されるキュウ帰膠艾湯(キュウキキョウガイトウ)などに配合されます。
葉にはセスキテルペン、セスキテルペンアルコ−ルからなる精油約0.02%を含みます。民間薬では茎や葉を風邪、神経痛、リウマチに浴湯料とし、生薬の汁を外傷に外用。痔や子宮出血に煎用します。
アク抜きしてからひたし物、汁の実、ゴマあえ、クルミあえ、ヨモギ餅、ヨモギ茶などにいずれも香りと色とを利用しています。
ヨモギは風媒花なので秋に淡褐色の地味な小さな管状花を穂状に多数つけます。風媒花なので、美しい花で昆虫をさそう必要がありません。
 艾という字は草冠と乂から成っています。乂という字は病を乂する(止める)意味があります。
古来ヨモギには悪鬼を退ける作用があると考えられていました。アイヌはヨモギ人形を作って、邪鬼が入ってこないように村の入り口に立てたそうです。(小根山隆祥)



第12回:平成10年4月    自律神経失調症

 春先から五月頃にかけては、神経が安定しなくて何となく憂鬱になったり、何かやる気が起きなかったり、体がだるくて眠くてしょうがないなどということがあります。
 春先から初夏にかけては、いわゆる自律神経失調症も起こりやすいようです。
 自律神経失調症のような機能的な失調に対しては、漢方治療は非常に有効であります。
 自律神経失調症の主な症候としては、起立性調節障害と言われるような、立ちくらみ、めまい、脳貧血、などと、更年期障害の際しばしばみられる、のぼせ感、顔面潮紅、発汗発作、また、冷え、冷感などが挙げられます。
 自律神経失調症によく用いられる漢方処方を紹介しますが、漢方治療では、患者さんの症状だけではなく、脈症、腹証といった、漢方の診察方によって使う薬を決めますので、漢方の診察ができるお医者さんの診察を受けることが大事です。
   主な症状に頻用される漢方処方
 めまい、立ちくらみ:苓桂朮甘湯(りょうけいじゅつかんとう)、沢瀉湯(たくしゃとう)、当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)、真武湯(しんぶとう)、半夏白朮天麻湯(はんげびゃくじゅつてんまとう) 他
 のぼせ、発汗発作:加味逍遥散(かみしょうようさん)、女神散(にょしんさん)、桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)、桃核承気湯(とうかくじょうきとう)、黄連解毒湯(おうれんげどくとう)、他。
 冷え、冷感:当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)、当帰四逆加呉茱萸生姜湯(とうきしぎゃくかごしゅゆしょうきょうとう)、苓姜朮甘湯(りょうきょうじゅつかんとう)、真武湯(しんぶとう) 他
(山田享弘)



第13回:平成10年5月    菖蒲の節句

 5月5日は国民の祭日として『こどもの日』となっていますが、古くは『菖蒲の節句』といい3月3日の女の子の節句に対し、男の子の節句でした。
この日には鯉のぼり、風車、鍾馗、武者人形などの五月人形といわれるものを飾り、菖蒲湯に入る習慣があります。
『菖蒲の節句』の菖蒲というと5月頃きれいな花を咲かせるアヤメ科のハナショウブを思い浮かべますが、菖蒲湯としてお風呂に入れるショウブは実際には、サトイモ科の地味な花をもった植物が本物です。この植物の葉と根茎の間、特に根茎に近い部分はすがすがしい良い匂いが致しますので、若干根茎のついた葉を束にして湯の中に入れます。湯に入ることによって気が落ちつきます。その上手足がマヒし屈伸できないものに良いとされております。
 中国では根茎を菖蒲根、石菖根または白菖根といい、開竅、鎮静、健胃の効果があり、高熱の意識障害や小児のひきつけ、てんかん、精神不安、腰痛、下痢、食欲不振、脳卒中の言語障害や顔面麻痺などに使用される漢方薬に配合されています。

 一般に匂いの良いもの、または強いものは邪気、悪気が家や体に侵入するのを防ぐと信じられていました。菖蒲の葉は形が剣に似ているので、中国では悪魔を払う力があるとされ、更に匂いがあるので日本では『邪気除けのために菖蒲で飾った刺し櫛を髪に刺したり5月5日の日には家の軒に菖蒲をつるした』ことが平安時代の『枕草子』に記載されています。
5月5日の菖蒲の節句に菖蒲湯に入るのも古代からの薬効と邪気除けの効能が信じられて受け継がれてきたものと思われます。更に菖蒲を勝負、尚武にかけて、人生に負けないよう男児の健康に生育するのを願ったものでしょう。(小根山隆祥)



第14回:平成10年6月    糖尿病の漢方治療

糖尿病とは血液中のブドウ糖濃度が上昇する疾患であります。
 糖尿病にはインスリン依存性糖尿病(IDDM)とインスリン非依存性糖尿病(NIDDM)の2種が在りますが、日本では全糖尿病患者の約99%がインスリン非依存性の糖尿病です。
 糖尿病の治療の基本はカロリーコントロールと運動療法であり、これは、現代医学においても、漢方においてもかわりはありません。
 現代医学の糖尿病の治療は、血糖をコントロールすることのみを目標としおり、食事、運動でコントロールできない場合は、経口血糖降下薬やインスリン療法などを行うこととなります。
 これに対して漢方での糖尿病の治療は、血糖をコントロールする事ももちろんですが、合併症の予防、また、神経障害等の自覚症状の改善を目標とするものです。つまり、漢方の治療というものは、糖尿病という病気を対象としたものではなく、糖尿病を患っている一人一人の患者さんを対象としたものといえます。
 従って、糖尿病の患者さんに用いる漢方薬も、其の患者さんによっていろいろな薬方を用いることとなりますが、特に、血糖の降下とコントロールの薬効を有するとされる、柴胡、地黄、人参、麦門冬、五味子などの配合された薬方を用いる場合が多く、これらの含まれた漢方薬をそれぞれの患者さんの証に従って服用してもらうことになります。
 比較的多く用いられる薬方として、大柴胡湯、防風通聖散、八味丸、白虎加人参湯、麦門冬飲子、清心蓮子飲などがあります。(山田享弘)


 
第15回:平成10年7月    七夕

 7月7日の夜には彦星(牽牛星)と織女(織女星)が年に一度、天の川を渡って逢う瀬を楽しむということです。この哀れにも美しい伝説は奈良時代に中国から伝わってきました。
 織女に機織りを始め、裁縫などの手芸ばかりでなく歌道や書道、近年では学業の上達まで竹に願い事を書いた紙を結びつけてお願い致します。
陰暦の7月7日の夜すなわち七夕の夜空には天の川をはさんで強い光を放つ琴座のα星ベガ(中国名織女星)と鷲座の一等星アルタイル(和名彦星)とが接近するのだと信じられて夜空のロマンスが生まれました。星同志が近づくということは実際にはないことですが、天頂に織女星が輝き、天の川を隔てて彦星が輝く。そして上弦の半月になった月の船が仲を取り持っていかにも漕ぎ出すかのように見え夜空のロマンスを空想させられます。
 「月の中に船を漕ぐ男の姿が見える」という七夕の宴で詠まれた歌も万葉集の中に出てきます。
又唐の酉陽雑姐に「旧説によると月には桂があり、蟾蜍(ヒキガエル)がいる。」としています。しかし月の中の桂は我が国特産のカツラ科の落葉喬木ではなく、中国ではキンモクセイと理解されています。確かにキンモクセイは8月の十五夜の頃に黄色い花をいっぱいに咲かせています。(小根山隆祥)



第16回:平成10年8月    痛風

 体内に尿酸が蓄積すると、いろいろな場所に結晶として析出します。尿酸とはプリン体と呼ばれる炭素と窒素の化合物が細胞の中で生命活動をするときにつくられた老廃物です。結晶は皮下結節を生じたり、腎障害の原因となるほか、関節炎の誘因となり、尿酸結晶が関節炎を引き起こす状態を痛風と称し、その関節炎発作が痛風発作です。
 血清中で尿酸は7mg/dl程度で飽和状態となり、それ以上では結晶化の可能性があります。高尿酸血症が必ずしも痛風となるわけではありませんが、血清尿酸血が高いほど痛風発作を起こしやくなります。
 多くは遺伝的形質と、環境因子の両方に原因があると考えられています。
 痛風は、成人男性に多く、女性患者は男性の1/100程度で、日本では、成人男性の約1%に達します。戦前は稀な病気でしたが、最近著しく増加しています。
痛風患者以外に、痛風患者の5〜10倍の高尿酸血症の人がいるといわれています。
 [臨床症状]
 突然始まる母趾基関節の激痛。多くは腫脹、発赤、熱感等の局所炎症症状が激しく、発熱を来すこともあります。
 初回発作が母趾基関節に起こる頻度は50〜70%程度です。
 発作は飲酒、過度の運動、過労、局所の打撲、血清尿酸値の急激な変動(薬剤投与による急激な低下)により誘発されたり、遅延する傾向があります。
 [痛風の漢方治療]
痛風の病人は実証ないし中間証が多く、治療は、鎮痛を目的とする治療法と、体質改善による根治をはかるものとがあります。体質改善には、胸脇苦満があれば大柴胡湯を用い、胸脇苦満のない肥満実証のものには、防風通聖散がよく用いられます。また、食事療法も大事なことは、いうもでもありません。

 [痛風の頻用処方]
1. 越婢加朮湯 2.大柴胡湯 3.当帰拈痛湯 4.疎経活血湯 5.桂枝二越婢一湯 他

 [尿酸をつくり過ぎる原因]
1. 食べ過ぎ(栄養過剰) 2.飲み過ぎ 3.ストレス 4.急激な激しい運動(無酸素運動)

 [食事の注意点]
1. 高蛋白、高脂肪の食事に偏らない。
2. プリン体は水に溶ける。動物性のだしを使ったスープ(豚骨、肉汁等)は避ける。
3. かつお、いわし等の青魚や牡蛎などもプリン体が多い。牡蛎鍋などでスープを飲むと大変。
4. レバー、もつなどの内臓にはプリン体が多い。フグの白子やアンキモなども良くない。
5. ビールはプリン体が非常に多い。焼酎の150倍位ある。大豆にもプリン体が多い。
6. 尿をアルカリ性にする食事を心がける。野菜や海草などを多く食べる。(尿が酸性になると、尿酸が溶けにくくなる。)

 暑い夏、ビールに枝豆というのは必需品で、それにカツオのタタキなどあれば申し分のないところですが、いずれも痛風には大敵です。おいしいビールを飲むためにも、普段から体調には気をつけたいものです。(山田享弘)



第17回:平成10年9月   菊の節句

 9月9日は重陽(ちょうよう)の節句とも菊の節句ともいわれております。1月1日、3月3日、5月5日、7月7日と共に陽の数(奇数)の重なるめでたい日として五節句の一つに数えられております。
 その中でも9月9日は最も陽気の高い9が重なっているので重陽の節句といわれ、この時期に最盛期となるキクの花をめでて菊の節句ともいわれるのです。
 重陽と菊の結びつきは邪気を払い寿命を延べる『菊酒』に由来するところが大きいようです。因みに中国の生活習慣の影響が大いにある沖縄では陰暦の9月9日には『菊酒』といって酒盃にキクの花を浸し祖先の霊前に供える民俗があると聞いております。
 薬用には観賞用の大きいキクではなく食用ギク(料理ギク)の仲間を用います。抗炎症、向精神、視力改善作用などがあり、上気道炎による喉の痛み、咳嗽、鼻づまり、高血圧症やイライラし易い人の頭痛、視力低下や高齢者の目のかすみ、目の痛み等を治療する薬方に配合されます。
 薬用以外にも観賞やお茶、料理、菊酒、枕の中に菊花をつめた菊枕などに利用され我々の習慣や生活にいろいろと関わっております。(小根山隆祥)



第18回:平成10年10月   秋の七種(草)

 山上憶良が万葉集に詠んでいる秋の七草は萩、薄(尾花)、葛、撫子、女郎花、藤袴、朝顔の花ですが、朝顔の花は現在のアサガオではなくムクゲともキキョウともいわれていますがキキョウ(桔梗)の説が強いです。
 春の七草が食べられる古来から日本に生育している植物に対し、秋の七草は観賞用の植物です。
 薬用の面から見てみるとキキョウやクズ、オミナエシなどは桔梗(根)、葛根、敗醤根の名で漢方薬に配合されてます。桔梗は去痰、排膿を目的として桔梗湯や排膿散に、葛根は有名な葛根湯の主薬で感冒の初期や肩凝りに、敗醤根はヨクイ附子敗醤散として虫垂炎(いわゆる盲腸)に使われてます。
 また民間薬としてフジバカマは糖尿病に効果があるといわれています。生では匂いがないが乾燥するとクマリンの匂いがするので蘭草といわれ戦国時代の武士は兜の中にこれを入れて戦場に出たと聞いております。
 ハギは葉を一つかみ一合の水に入れて煎じソバの中毒に使うという民間薬が静岡の沼津に伝わってるとのことです。
 ススキは根茎を利尿薬に使われております。身の回りの植物が何らかの薬として使われていたのですね。(小根山隆祥)



第19回:平成10年11月    流感

 漢方の原典である「傷寒論」(約2000年前、中国の後漢の時代に書かれたとされる医書で、病気の薬物治療を述べた初めての書物である。日本の漢方は江戸中期にこの書物を治療の基本とする、古方派と呼ばれる一派が成立し、以後現在に至るまで、傷寒論は漢方の原典として研究されている)は急性熱性疾患の治療法を、それぞれの病気の時期と、そのときの症状、体の状態により、細かくのべたものであります。
 急性熱性疾患の重症なものを傷寒、軽症なものを中風(現在の脳卒中ではなく、風邪のような病気が昔は中風と呼ばれた)と称して、それぞれに治療法をあげています。
 現在の病名でいえば、一般の風邪などは中風でしょう。傷寒とはもともと腸チフス等を指したとされていますが、インフルエンザなどでも、傷寒のかたちをとるものがよく見られます。
 腸チフスとインフルエンザでは全く違う病気であり、現代医学では治療法も当然違いますが、漢方で治療する場合には、傷寒論の指示通りの治療が有効です。これは、現代医学が原因に対しての治療であり、漢方は病気の反応に対しての治療であるからです。これは、原因が異なっていても、同じ病態を呈している場合は、体が同じ反応を起こしているということであり、その場合に適切な薬方を用いることによって、体が病気を回復させるように働くということです。
 このように、漢方とはもともと急性熱性疾患の治療法であったわけで、その効果は非常に速いものがあります。風邪、インフルエンザなどでも、現代医学で治療する場合に比べて、治癒までの期間は漢方薬をうまく使えれば非常に短縮できます。

 流感の初期に用いる漢方薬
(1)葛根湯:悪寒、発熱があり、首のうしろの凝りがあり、汗が出にくい時に用いる。ただし、この薬には麻黄という生薬が配合されており、麻黄という生薬が配合されている薬は一般に、胃腸が極端に弱い人が飲むと、食欲不振、吐き気など胃腸障害を起こすことがあり、また、狭心症など、虚血性心疾患がある場合は、狭心症を誘発する可能性があるので用いない方がよい。前立腺肥大がある場合には、尿閉、排尿困難などを起こすことがある。

(2)麻黄湯:葛根湯を用いる場合よりも症状が強く、強い悪寒、発熱があり、関節痛、腰痛などがある場合に用いる。  (山田享弘)



第20回:平成10年12月    高血圧症の漢方治療

 高血圧の基準は、収縮期血圧160mmHg以上、あるいは拡張期血圧95mmHg以上を高血圧とし、収縮期血圧140〜159mmHgあるいは拡張期血圧90〜95mmHgを境界領域高血圧とします。しかし、病院などで血圧を測る場合は、緊張して普段よりも血圧が上がることが多く見られます。これは白衣性高血圧などと呼ばれていますが、緊張して血圧が上がるというのは、生理的に正常な反応ですので、降圧剤などを使ってはいけません。ですから、健康診断や初めて行った病院で血圧が高かったからといって、それが高血圧とは限りませんので、すぐに降圧剤を飲み始めるようなことは避けるべきです。

 漢方の治療では、血圧が高いからといって、血圧を下げる薬を用いるのではなく、まず全身の調和を整えることを主眼とします。血圧を下げる手当をしなくても、全身の調和が整ってくれば、血圧は安定する、このような立場にある漢方では、どのような高血圧症の患者にも共通して用いる薬というものはありません。また、血圧降下剤ではないから、いくら長期間飲んでも、血圧が下がりすぎるということはないし、不快な副作用を呈することもありません。
 実際の臨床では、実証ないし実証に近い中間証には、瀉剤を、他の中間証ないし虚証には、補剤を用いるのが原則です。さらに、腹診上、胸脇苦満があれば柴胡剤、心下濡には瀉心湯類、@血には駆@血剤などを用います。このように患者さんの体質、病態にあわせて漢方薬を用いると、血圧だけでなく、それに伴う諸症状も改善されます。

     高血圧症によく用いられる漢方薬
1.大柴胡湯 
2.防風通聖散
3.黄連解毒湯
4.温清飲
5.釣藤散
6.加味逍遥散
7.七物降下湯
 などを体質、症状、腹証等に従って用います。この中で、七物降下湯は、当診療所初代所長の大塚敬節先生が考案された薬方で、現在ではエキス製剤にもなり、広く使われております。(山田享弘)