「漢方精撰百八方」 10


p184
91.〔補中益気湯〕(ほちゅうえっきとう)
〔出典〕弁惑論
〔処方〕人参、白朮 各4.0 黄耆、当帰 各3.0 陳皮、大棗 各2.0 柴胡、甘草 各1.0 乾生姜、升麻 各0.5
〔目標〕この方は古今医鑑内傷門に「中気不足、四肢倦怠し、口乾発熱、飲食味なきを治す。或いは飲食節を失し、労倦身熱、脈大にして虚し、或いは頭痛、悪寒、自汗、或いは気高くして喘し、身熱して煩し、或いは脈微細軟弱、自汗体倦し、或いは中気虚弱にして、血を摂すること能わず、或いは労倦して瘧利を患い、或いは元気虚弱にして風寒に感冒し、表を発するに勝えず、或いは房に入りて後感冒する者を治す」とある。
 本方は中(脾胃、消化器系)を補い、気(元気)を益すという意味から名づけたもので、また補剤の王者として医王湯の名がある。小柴胡湯証の一段虚したもので、胸脇苦満や往来寒熱も軽く、食欲衰え、全体として元気のないものが目標である。
〔かんどころ〕津田玄仙は本方の応用目標として、(1)手足倦怠、(2)言語軽微、(3)眼勢無力、(4)口中に白沫を生ず、(5)食味なし、(6)熱物を好む、(7)臍のところに動悸がある、(8)脈は散大で力がない。これ虚候の目標で、その中のいくつでもあれば用いてよいといっている。
〔応用〕結核症・夏痩せ・病後の疲労・虚弱体質改善薬・食欲不振・虚弱者の感冒・痔疾・脱肛・子宮下垂・胃下垂症・陰痿・半身不随・多汗症・風邪ひき易き者・虚弱児体質改善。
〔治験〕虚労盗汗
 27才の婦人、2年前に妊娠6ヶ月で自然流産し、こんど妊娠して3ヶ月になるが、つわりが始まって食欲不振、全身倦怠、夜中夥しい盗汗で、気味が悪いほどである。脈弱く、腹も弛緩し、顔色蒼白で貧血している。
 補中益気湯1週間で、元気が出て、食欲進み、盗汗もすっかり止まった。その後引き続き服薬したが、流産することなく無事出産できた。
〔肺結核〕10才の少年、血色が悪く、食欲なくやせている。右肺浸潤といわれ休学し、ストマイの注射をしていた。ときどき背が痛み、不眠の傾向があり疲れ易く、脈腹ともに軟弱で、臍上の動悸が亢進している。補中益気湯を与えたところ、約6ヶ月すると血色よくなり、背の痛みもとれ、1年半休学して、2カ年服用したところ別人のようによい身体となった。(大塚敬節氏治験)

                                  矢数道明

p186
92.〔龍胆瀉肝湯〕(りゅうたんしゃかんとう)
〔出典〕薛氏十六種
〔処方〕当帰、地黄、木通 各5.0 黄?、沢瀉、車前子 各3.0 竜胆、梔子、甘草 各1.5
〔目標〕この方は薛氏十六種下疳門に「肝経の湿熱、或いは嚢癰(淋毒性副睾丸炎)便毒(横痃・鼠径淋巴腺腫)下疳(梅毒潰瘍)懸癰(会陰部の癰)腹痛くが如く作り、小便渋滞、或いは婦人陰?(バルトリン腺や大陰唇)痒痛、男子陽挺(陰茎のこと)腫脹、或いは膿汁を出すを治す」とある。
 本方は下疳門で、(陰部の性病による潰瘍)に掲載されているが、下焦(下腹部、陰部)の諸炎症性疾患で、充血、腫脹、疼痛を伴うものに用いる。急性または亜急性の炎症があり、実証の者によい。肝経の湿熱というのは、性病に罹ると腹部の両腹直筋の外側、すなわち肝経に沿うて、特有の緊張や過敏帯があらわれる。この肝経の経路に沿って現れた炎症や腫脹のことを肝経の湿熱と呼んだものである。
〔かんどころ〕肝経に属する臓器の炎症として膀胱、尿道、睾丸、陰部の実熱証によい。
〔応用〕急性または亜急性の尿道炎・膀胱炎・パルトリン腺炎・帯下・陰部痒痛・子宮内膜炎・膣炎・下疳・横痃・睾丸炎・陰部湿疹・トリコモナス等に応用される。
〔附記〕森道伯翁は本方を四物湯黄連解毒湯と合方して、一貫堂家方龍胆瀉肝湯を作り、慢性化した肝経の湿熱に用いた。
 当帰、芍薬、川?、地黄、黄連、黄?、黄柏、山梔子、連翹、薄荷、木通、防風、車前子、甘草 各1.5 竜胆、沢瀉 各2.0
〔治験〕トリコモナス
 19才の婦人、昨年来帯下があり、陰部が痒いという。婦人科の医師はトリコモナスという診断をつけた。顔色は白く、体格はがっちりしている。龍胆瀉肝湯を与え、帯下に臭気が強いというので、山帰来と金銀花を加えた。これを服用すること1ヶ月で帯下は減じ、臭気もなくなり、5ヶ月間の服用で全治した。(大塚敬節氏)
 肝硬変症
 45才の男子、田舎の役場に勤務して、酒豪であった。肝硬変となり、腹水がたまり、腹は太鼓のようで、諸病院を遍歴していた。この人の体質が解毒症体質であったので、一貫堂の龍胆瀉肝湯を用いたところ、腹水はきれいにとれ、1年間服薬してすっかり健康体となり、15年以上も再発せず勤務を続けることができた。(矢数格)

                                  矢数道明

p188
93.〔苓甘姜味辛夏仁湯〕(りょうかんきょうみしんげにんとう)
〔出典〕金匱要略
〔処方〕茯苓、半夏、杏仁 各4.0 甘草、乾姜、細辛、五味子 各2.0
〔目標〕この方は金匱要略痰飲咳嗽門に、苓桂味甘湯、苓桂五味姜辛湯、苓甘姜味辛夏湯、本方、苓甘姜味辛夏仁黄湯の一連五類方が掲げられ、水毒による咳嗽、吃逆、心悸亢進、浮腫、肉閏(ジュン:月が付く)筋タ等の症候群が述べられている。これらは表証なく、虚証の傾向あるものである。
 本方は小青竜湯証に似ているが、表証なく、貧血、虚証の傾向がある。胃内停水、喘咳、心悸亢進、尿利減少、浮腫等の症状があって、寒冷を帯びるものが目標である。脈は沈んで弱く、手足が冷える。
〔かんどころ〕体内に冷えと水とがあり、慢性化して体力も弱り、または老人、虚人に多く、脈沈、熱がなくて喘鳴、咳嗽、水腫などを発したもの。
〔応用〕本方は主として急性慢性気管支炎・気管支喘息・肺気腫等に用いられ、また浮腫・腹水・ネフローゼ・慢性腎炎・萎縮腎・腹膜炎・滲出性肋膜炎・肺水腫・心臓性喘息・百日咳・脚気等に応用される。
〔治験〕気管支喘息
 43才の婦人であるが、昨年肺炎を経過した。8ヶ月前より風邪の後で、咳嗽喀痰が続き、両側前胸部の痛みを訴え、レントゲンで診たが特別に結核の所見は認められなかったという。病院では気管支喘息といった。
 いろいろ治療を受けたが効果なく、食欲全く衰え、呼吸困難、歩行も不自由であった。咳嗽は毎夜11痔、1時、4時と3回苦しくなり、動悸、頻尿、水様の薄い痰がある。背や肩がひどくこる。顔色は蒼白で、少し腫れ気味、脈は沈細で僅かに数している。腹は全般に虚状で陥没し、心下部が少しく張っている。胸部に笛声音をきき、小水疱音も聴取できる。舌苔なく亀裂を生じ、荒れている。熱はなくて冷え性である。
 全身の疲労衰弱後であり、貧血、冷え性、希薄な痰、多尿、冷汗などがあって、水分の停滞が推定されるので、苓甘姜味辛夏仁湯の証と思われた。本方を1週間服用したところ、諸症状は消失し、食欲が出て、1ヶ月後には軽作業に従事できるようになった。しかも疲れを覚えず、体重も増加し、顔面紅色を帯び、3ヶ月後には殆ど全治に近くなった。近所の人たちは再起不能と噂をしていたので、この患者の恢復は全く奇跡的であると大評判になった。

                                  矢数道明

p190
94.〔黄連解毒湯〕(おうれんげどくとう)
〔出典〕外台秘要
〔処方〕黄連2.0 黄?3.0 梔子、黄柏 各2.0
〔目標〕体格はがっしりとして体質が頑丈な人、もしくは体格、体質中ぐらい人がのぼせ気味で、顔色が紅く、脈の緊張がよく、腹部は表面は柔軟であっても底に力があり、次のような症状があるものである。
(1)気分がいらいらし、気持ちが不安で、よく眠れず、胃部がつかえ、腹診すると心下が濡(表面は軟らかく、底の方に抵抗がある)のもの。
(2)上腹部が痛み、心下部一体が膨満して固く張り、押すと圧痛がある。
(3)頭痛、耳鳴、血圧亢進などがある。
(4)吐血、鼻出血、下血、潜出血などの出血があるもの。
 以上のほか、むなぐるしく、手足があつくるしく、或いは黄疸があるなどの点がみられる。
〔かんどころ〕黄連解毒湯の証は、三黄瀉心湯証によく似ているが、その違いは、便秘の傾向のないこととなっている。しかし、時には便秘することもあり、大黄入り黄解丸というのが作られているくらいである。両者の違いは、むしろ、この何ともいいようのない”むなぐるしさ”にある。
 そのほか、顔色の赤みがかっていてのぼせぎみというところも、かんどころである。
〔応用〕諸種の出血(喀血、吐血、衂血、子宮出血、下血、痔出血、脳出血等)、高血圧、不眠症、神経症、精神病、血の道、胃炎、胃潰瘍、胃酸過多症、宿酔、黄疸皮膚病、酒査鼻、肝斑、等
〔治験〕3,4年前、18才ぐらいの少女が母親につれられて来た。
 お腹が痛くて、3日ほど食物を何も食べていないという。また、はじめの夜、少し血を吐いたともいう。体格は中ぐらいで、顔色は余り悪くない。腹診すると、心下部一体がやや膨満しているが、余り固くないので、よほど注意しないと上腹部が緊張していることがわからない。脈も余り特徴がない。
 血を吐くような胃潰瘍があるとはとても思えないので、よく聞いてみると、友人と夜遊びして、洋酒を相当量のんだ翌日から悪くなったと、白状した。黄連解毒湯を与えたところ、2日ほどで痛みが止まり、1週間ほどですっかり治った。病気は急性胃炎であったろう。

                                  山田光胤

p192
95.〔加味温胆湯〕(かみうんたんとう)
〔出典〕千金方
〔処方〕半夏5.0 茯苓4.0 竹?、陳皮 各3.0 枳実、甘草、遠志、玄参、人参、地黄、酸棗仁、大棗、生姜 各2.0
〔目標〕不眠に用いる処方で、平素、胃腸が弱く、胃アトニーや胃下垂のある人や、或いは大熱、大病のあとで、胃腸の機能が衰えた人が、元気が回復せず、気が弱くなって些細なことに驚いたり、何でもないことに胸騒ぎがして、息がはずんだり、動悸がしたりし、気分は憂鬱で、夜はよく眠れない。また、たまたま眠れば、夢ばかりみて、起きてから眠ったという満足感がなく、自然に汗が出たり、寝汗が出たり、頭からばかり汗がでたりしやすい。
 食欲はなく、腹部は、心下部に振水音があったり、臍傍の動悸が亢進したりする。
〔かんどころ〕「虚煩して眠るを得ず」というところがつけめである。体が衰弱して苦しく、そのために眠れないのが本方の不眠である。そこで、大病のあと、慢性病患者などの不眠に用いる。
〔応用〕神経症、不眠症、胃下垂症、胃アトニー症、衰弱による虚煩等
〔治験〕衆方規矩に、次のような面白い治験がある。
 ある人が主君と口論したため、閉門になって1年以上も家に閉じこもっていたところ、熱感があって苦しく、腹が張って嘔吐し、夜は眠れないようになった。他の医者はみな、陰虚大動だといって治療したが、なかなか治らなかった。自分は、気鬱により痰飲を生じたからだと思って、加味温胆湯に黄連を加えて用いたところ、病状がよくなった。
 山田は、虚弱体質の人、衰弱した人の不眠には、本方を用いてよい結果を得ている。
 著明な治験例は、漢方で治る病気の第1集(34頁)にあるから参照されたい。
附記方 加味温胆湯加黄連、加味温胆湯に黄連1.0〜2.0を加える。

                                  山田光胤

p194
96.〔加味逍遥散〕(かみしょうようさん)
〔出典〕女科撮要
〔処方〕当帰、芍薬、柴胡、朮、茯苓 各3.0 薄荷1.0 甘草、牡丹皮、梔子 各2.0 生姜1.0
〔目標〕虚弱な体質の婦人が、手足が冷えやすいのに、ときどき全身があつくなり、よく肩がこり、疲れやすく、頭痛、頭重感、めまい、心悸亢進(動悸)不眠などを訴えて、精神不安、憂鬱感などの精神神経症状があり、或いは微熱がつづき、多くの場合、月経異常を伴うものである。月経異常としては、月経寡少、暗赤色の血塊やコーヒー渣様の経血が下るものなどがある。
 患者は、痩せ型の婦人が多いが、中には肥満型の人もある。しかし、肥っていても、筋肉は軟弱で、いわゆる水肥りのような形である。
 脈も、腹部も、緊張が弱く、腹証として軽度の胸脇苦満がみられることも少なくない。
〔かんどころ〕百々漢陰の梧竹楼方函口訣に、「この処方は婦人一切の申し分に用いてよくきく」と書いてある。要するに、婦人がしじゅう、あっちが痛い、こっちが悪いと、つぎつぎ苦痛を訴えるものをいっている。しかも、現代医学的には、殆ど病変がみとめられないものは、本方の適応症である。
〔応用〕冷え性、虚弱体質、亜急性発熱、神経性発熱、月経不順、月経困難、帯下、各種の婦人科疾患、婦人血の道、神経症等
〔治験〕43才、婦人、腎盂炎
 1ヶ月半前から、かぜをひいて、そのあと熱が少しも下がらない。熱は38.5℃ぐらいが半月ほどつづいたので、ある病院でみてもらったところ、腎盂炎だといわれて入院した。
 しかし、熱は37.2℃ぐらいまでは下がったが、それ以上よくならず、その上頭痛がひどく、動悸がしやすく、腹痛もあって臍のあたりが引きつれるように痛い。腰も背中もときどき痛む。のぼせて、便秘をする。顔色はさほど悪くないのに、ひどく痩せて、ねたきりになり、いまにも死にそうな気がするという。
 脈は浮弱で、腹部は肉付き少なく、両側の腹直筋が拘攀し、右に僅かに胸脇苦満があり、心下部に振水音もみとめられる。この患者に先ず柴胡桂枝乾姜湯を与えた。胸脇苦満を目標に、熱を下げるため、一番弱い柴胡剤を用いたのである。しかし、10日飲んでも全然よくならなかったので、加味逍遥散に変えた。これで、30日ばかりですっかり元気になった。

                                  山田光胤

p196
97.〔甘草湯〕(かんぞうとう)
〔出典〕傷寒論
〔処方〕甘草3.0
〔目標〕種々な急迫症状(急に起こる非常に激しい症状)に用いる。
〔かんどころ〕激しい、急迫的な症状に、何によらず応用してみる。
〔応用〕急迫性の咳、激しい咽喉痛や口内炎の痛み、発作性の腹痛などに、内服したり、或いは含嗽料として用いる。
 激しい痔痛、打撲痛などに、外用(湿布)する。
〔治験〕私は身体が過労になったりすると、口の中にアフター性口内炎が出来て、食物をとるのに痛くて困る。ひどくなると、話をするのもつらいことがある。こういうとき、甘草湯でうがいをすると、口中がさっぱりして、一時、痛みが楽になる。そして、2,3日これを続けると、次第に治ってゆく。
 「外用の例」2,3年前、35才ぐらいの男の人が来院した。
 痔がひどく痛む。だいぶ前から痔瘻があって、肛門のまわりに1,2カ所、膿の出るところがある。昨日あたりから、膿の出が止まって、中にたまっているらしい。これから、社内野球に行くんだから、ちょっと切って下さいというのである。
 私は、「切るのは簡単だが、切ったら野球になど行けない。私にまかせるなら、切らずに痛みをとってあげる」といったところ、患者がお願いしますという。
 そこで、やや多量甘草湯を作り、洗面器に入れて、電気コンロで温めながら、布にひたして、患部を温湿布した。10分ばかりの間、何度か湿布をとりかえると、患部の瘻孔が開いて、少し膿が出たらしく、湿布に黄色い膿が僅かに付着した。すると、痛みがいっぺんに楽になったという。

                                  山田光胤

p198
98.〔帰脾湯〕(きひとう)
〔出典〕済生方
〔処方〕黄耆、人参、朮、茯苓、酸棗仁、竜顔肉 各3.0 当帰、遠志、大棗 各2.0 甘草、木香 各1.0 生姜1.5
〔目標〕体力の低下した虚弱な人が、顔色が悪く、貧血気味で、不眠、精神不安、心悸亢進、ものわすれが多い、などの症状があり、出血したり、取り越し苦労をしたりし、脈は細弱で、腹部は軟弱のものである。
〔かんどころ〕取り越し苦労が多く、夜眠れない。また、これらの精神、神経症状が、考え事や心配事が多かったために生じたことが、よくわかっているときも本方の適応症である。
〔応用〕各種の出血、健忘症、不眠症、神経症、白血病その他の血液病、バンチ氏病等
〔治験〕30才の婦人、神経衰弱状態
 1年前、十二指腸潰瘍を患った。最近はほとんどよくなって、レントゲン検査で胃炎の程度になり、通過障害が残っているという。
 ところが、当人は始終胃痛を訴え、?気と腹鳴がある。そのほか、頭重感や肩凝りが強く、食欲がなく、いつも胃のことが気になって眠れない。体格中等度、脈、腹証とも特徴がない。
 以上のように、患者の訴えと、身体的所見との間に矛盾があり、また、「ある漢方医にみてもらって薬をのんだが、その薬を飲むと反って胃が痛い」といってみせた薬は、六君子湯だった。これもまた納得できない矛盾である。
 これらの点と、患者の性格が敏感で気にしやすいこと、1〜2年前、長女が生まれたあと顔にしみが出たのを非常に心配したというようなことなどを考え合わせて、この患者は、胃の病気より、むしろ神経症であろうと考えて、帰脾湯加香附子を与えた。
 1週間後、睡眠がよくとれ、胃痛も殆どないというようになった。しかし、いらいらして、子供を叱ることが多いというので、抑肝散に変方した。
 10日後、気分は殆どおちついたが、胃の具合は前の薬の方がよいという。そこで、再び帰脾湯加香附子を与えると、2週間後、患者自身が、もう大丈夫といって廃薬した。
                                  山田光胤


p200
99.〔桂枝加竜骨牡蛎湯〕(けいしかりゅうこつぼれいとう)
〔出典〕金匱要略
〔処方〕桂枝、芍薬、生姜、大棗 各3.0 甘草2.0 竜骨、牡蛎 各3.0
〔目標〕体質が虚弱な人が、神経過敏になり、痩せて、顔色が悪く、微熱があったり、疲れ易く、手足がだるくなったり、胸腹の動悸が亢進したりして、下腹がひきつれ、或いは腹直筋が攀急する。
 また、性的疲労、インポテンツ、遺精、夢交、或いは夜尿症などがある場合もある。
 この場合、気分は憂鬱で、些細なことに驚きやすくなり、婦人は月経不順となることも多い。
〔かんどころ〕虚弱な人の神経過敏、ことに心悸亢進、腹証に胸脇苦満はみられず、腹直筋が攀急していることが多い。
〔応用〕神経症、不眠症、性的神経衰弱その他
〔治験〕1年10ヶ月 女児、小児不眠症(神経症の疑い)
 生来虚弱、外来の刺激に過敏で、かぜをひきやすく、胃腸をこわしやすい。しかも、病気になるとなかなか治らず、いつまでも長引くので、年がら年中医者通いをしている。
 この養女が1ヶ月ばかり前から、夜眠らなくなった。両親や同胞が眠ってしまうと、一人で寝床から出て、何かいたずらをしている。しかし、別に機嫌も悪くはない。午前1時頃になると、ようやく眠るが、朝は4時頃には起きてしまう。それなのに、昼寝もしないと親が訴えた。
 病児は、身長・体重ともに平均より小さい。外見にも脈にも特徴がないので、腹診しようとすると、泣きわめいてどうしてもみせない。
 診察によっては、証がつかめないので、次のように考えて処方を決めた。病児は前から、かぜをひいたときは桂麻各半湯か桂枝湯がよくきき、胃腸カタルのときは小建中湯を用いて効果があったので、そこで、同じ桂枝湯加減法で、且つ神経症状のあるものに用いるのは、桂枝加竜骨牡蛎湯がよいと考えた。分量は成人の1/3量とした。
 この処方を与えると、その晩からよく眠るようになったが、3日目からは、やや早く眠る程度にもどってしまった。しかし、3週間目頃から再び早く眠るようになり、1ヶ月後には、夜、熟睡するようになった上、昼寝もするようになった。
 更に面白いことには、それ以来、身体がすっかり丈夫になって、めったにかぜもひかなくなった。
 爾来、4年半経つが、幼女は今も丈夫で、たまにかぜをひくぐらいである。しかし、どんなときでも、私の漢方薬以外はのまないという。

                                  山田光胤


p202
100.〔柴胡加竜骨牡蛎湯〕(さいこかりゅうこつぼれいとう)
〔出典〕傷寒論
〔処方〕柴胡5.0 半夏4.0 茯苓、桂枝 各3.0 黄?、大棗、生姜、人参、竜骨、牡蛎 各2.5 大黄1.0
〔目標〕体格がよく、体力が中等度、或いはそれ以上に充実した人が、腹部に胸脇苦満を呈し、臍傍の動悸が亢進していて、種々な精神、神経症状を呈し、煩躁して苦しみ、便秘や尿利減少を示すものである。
 熱病の場合は、発病後数日経っていて、往来寒熱(さむけと熱感が交互に起こる)があり、意識が混濁したり、うわごとをいったりし、身体が重く、ねがいりができない。
 一般雑病では、上腹部が膨満して抵抗や圧痛を示し、心悸亢進、精神不安、不眠、のぼせ、めまい、神経過敏や鈍感、疲労しやすい、煩悶、集中力困難や記憶力、記名力減退の訴え、物事に対する興感の喪失や憂鬱感などの精神症状を呈する。

〔かんどころ〕種々な精神、神経症状と胸脇苦満。臍傍の動悸亢進は時としてみられないこともある。体格は中等度以上で、中肉の場合もやや肥満型のこともあるが、肥っていても筋肉は余り緊張していないで、上腹部の膨満はそれほど固くない。反って中肉の人に、季肋下の抵抗の強い人がある。
〔応用〕発熱時の精神障害、神経症、ヒステリー、性的神経衰弱、てんかん、動脈硬化症、脳動脈硬化症、高血圧、脳溢血後遺症、発作性心悸亢進、心臓弁膜症、バセドー病等応用範囲が広い。
〔治験〕51才、男子 建築業
 以前、急性肝炎で、ひどい黄疸が漢方で治ったこの人から、突然往診をたのまれた。4日前、急に倒れ、その時顔色が蒼く、血圧が110ぐらいで、医師に脳貧血といわれた。しかし、それ以来頭の具合が悪く、しばしば胸苦しくなり、めないがして、動悸が起こり、ひどくなると吐きけがする。昨日も今日も便通がないという。
 患者は肥って、筋肉の緊張のよい、頑丈な人。舌に白苔があり、脈遅で、手足が冷え、血圧174/90、小便は近いが気持ちよく出ない。腹部は肥満し、胸脇苦満があり、ことに左に甚だしい。
 私は、これを、急に起こった神経症と考えた。そして柴胡加竜骨牡蛎湯を投与した。患者はこの処方を2週間のんで、すっかり元気になった。今でもこの人は元気に働いている。

                                  山田光胤