「漢方精撰百八方」 6

61.〔方名〕当帰四逆加呉茱萸生姜湯(とうきしぎゃくかごしゅゆしょうきょうとう)
〔出典〕傷寒論
〔処方〕当帰、桂枝、芍薬、木通各3.0 細辛、甘草各2.0 大棗5.0 呉茱萸2.0 生姜4.0
〔目標〕平素からの冷え性で、脈微細のもの。
〔かんどころ〕慢性に経過する疼痛を主訴とし、寒冷によって増悪し、疼痛は腹痛を主訴とし、特に下腹部に見られる事が多く、腰痛、背痛、頭痛、四肢痛を伴うものある。男性より壮年の女子に多く見られ、医師から神経のせいだとかたづけられるものが多い。
〔応用〕凍傷。開腹術後の癒着による諸症。月経困難症。冷感症。陰萎。常習頭痛。神経痛。
〔治験例〕この例は、いろいろの処方を用いて効が無く、最後に、当帰四逆加呉茱萸生姜湯を用いて奏効したものである。
 患者は27才の背の高いやせた男子で、血色もよくない。
 三年前に胃潰瘍の手術をした。ところがその後、便秘して大便の出がわるく、下剤を飲むと、腹が痛むばかりで通じがつかない。そこで腸の手術をしたらよいとの診断で、再度手術をした。けれども大便は依然として通ぜず腸閉塞を起こしたので、また三度目の手術をした。すると今度は、下痢がはじまって、止まらない。下痢をしているのに、腹がはる。下痢止めの薬と飲むと、ひどく腹がはって息苦しく、食欲が全くなくなるので、飲めないという。
 脈は沈小遅で、腹部には、ガスが充満している。腹部に圧痛はないが、左の肝ユに疼痛がある。時々めまいがする。
 先ず真武湯を与える。これで下痢は止まったが腹がはって苦しい。そこで桂枝加芍薬湯に人参と蜀椒を加えて用いる。すると下痢と便秘が交互に来るようになり、腹がますますはる。また真武湯とする。こんどは便秘して、のぼせ、足が冷え、下腹がはる。
 当帰四逆加呉茱萸生姜湯とする。これではじめて、大便は毎日快通し、腹満も消失し、気力が出た。正月には、いろいろよくないものを食べたが、増悪しなかった。肝ユの疼痛もいつの間にか消失していた。

                                  大塚敬節


62.〔方名〕麦門冬湯(ばくもんどうとう)
〔出典〕金匱要略
〔処方〕麦門冬10.0 半夏、粳米各5.0 大棗3.0 人参、甘草各2.0 
〔目標〕上気してのどに何かかかっている感じ。
〔かんどころ〕せきにしても、くしゃみにしても、しゃっくりにしても、下から、きゅっ、きゅっとつきあげてくるという点に眼をつける。
〔応用〕咽喉炎。百日咳。妊娠咳。アレルギー性鼻炎。しゃっくり。肺結核。気管支炎。
〔治験例〕1.しゃっくり
 一老医、脳軟化症にかかり、某病院に入院中。しゃっくりが出てとまらず、病院の医師がこもごも集まって手当をしたが、どうしてもとまらない。そこで、柿のへたを煎じて飲んだらよいだろうということになり、拙著「症候による漢方治療の実際」を買い求めて、よんだところ、呉茱萸湯がしゃっくりに効くとあり、また小承気湯や丁香柿蔕湯のきくこともあるというので、どれをのんでよいかに迷い、私に往診を乞うてきた。
 私はこの患者を診察して、麦門冬湯を与えたが、これが奏効し、一服で、しゃっくりは半減し、二日で全治した。
 なぜ麦門冬湯を用いたか。
 この患者は、長く病床にいたため、栄養衰え、皮膚は枯燥していた。この枯燥は麦門冬湯を用いる目標である。舌も乾燥し、腹力も弱い。脈は大きいが、力に乏しい。
 そこでこのしゃっくりを「大逆上気」の変形とみて、麦門冬湯を用いたのである。
2.くしゃみ
 一婦人、妊娠中、くしゃみがやまない。アレルギー性のものと医師は診断したという。アレルギー性鼻炎には、葛根湯がよく効くので、これを用いたが効がない。そこで麦門冬湯を用いたところ、著効があり、たちまち、はげしいくしゃみがやんだ。
 なぜ麦門冬湯を用いたか。
 妊娠咳には、麦門冬湯で治るものが多い。そこで、くしゃみも、せきも「大逆上気」の変形で、同じものだと考えて、この方を用いたのである。
 松原一閑斎は、麦門冬湯加石膏を中風で、気がのぼって、ふらつくものに用いている。

                                  大塚敬節

63.〔方名〕抑肝散(よっかんさん)
〔出典〕銭氏小児直訳に出ているため、銭乙の創方のように思われがちであるが、この方は薛鎧の創方である。
〔処方〕当帰、釣藤、川キュウ各3.0 朮、茯苓各4.0 柴胡2.0 甘草1.5
〔目標〕乳幼児のひきつけに用いる。
〔かんどころ〕この方は元来、乳幼児の急癇(驚風)に用いるために作ったものであるが、わが国では和田東郭等の発明によって、大人にも広く用いる。神経過敏で、怒りやすく、いらいらし、せっかちで、筋肉が緊張し、また痙攣を起こすという点に注目。
〔応用〕チック病。斜頚。眼瞼痙攣。眼筋麻痺。脳出血。高血圧症。クル病。常習頭痛。不眠症。ヒステリー。加陳皮半夏は一種の神経病に著効がある。
〔治験例〕ちょっと変わった抑肝散の治験例をあげる。
 十二才の少女、足が痛むという。あちこちの病院で診断を受けたが、病名も、原因も不明である。私が診たときも、ただ足が痛むというだけで、痛む処すらはっきりしない。勿論圧痛もない。
 母親のいうに、この児は、かんが強くて、腹がたち、気分がむらで困るという。腹直筋は左側が強直している。そこで、この児の足の痛みも、かんによる神経性のものと断じ、抑肝散加芍薬を用いたところ、数日の服薬で全治した。
 積山遺言に、次の治験がある。
 一婦人、五十余才、手の指が麻痺し、足の指が時々痛む、その人は悩みが多く、この症状は積気によるものである。そこで抑肝散加芍薬で、甘草を倍加して用いたところ治った。
 私はヒステリー患者の喘息様呼吸困難に、抑肝散加芍薬黄連を用いて効を得たことがある。
 この婦人は、何か気にいらないことがあると、喘息様の呼吸困難を起こして、家族のものをおどろかすのである。小青竜湯、柴胡鼈甲湯などを用いて効がない。
 そこで抑肝の目的で、この方を用いたところ、人格が変わって、呼吸困難を起こさなくなった。
 乳児の夜泣きにも、この方の効く場合があり、兄弟げんかをする子供に用いて、けんかをすることが減少した例もある。

                                  大塚敬節

64.〔方名〕越婢加朮湯(えっぴかじゅつとう)
〔出典〕金匱要略
〔処方〕麻黄6.0 石膏8.0 生姜、大棗各3.0 甘草2.0 朮4.0
〔目標〕自覚的 浮腫、発汗傾向、渇、尿不利、脚力減弱等の傾向がある。
     他覚的 脈 沈にしてやや力があるか又は沈数。ときには浮状を帯びることもある。
          舌 やや乾燥し、舌苔は白苔が軽度。
          腹 腹力は中等度で、ときに上腹部に振水音を証明する。
〔かんどころ〕むくんで、渇して、汗ばんで、小便少なく、脚弱る。
〔応用〕
1.脚気による浮腫で陽実証のもの
2.急性腎炎又はネフローゼ
3.関節リウマチ又は神経痛
4.諸種の皮膚疾患、殊に湿疹
5.眼瞼炎
6.帯状ヘルペス
7.リウマチ性紫斑病
8.丹毒
9.麻疹
〔治験〕この薬方を脚気の浮腫や腎炎に用いて効を得た例もあるが、私はこの薬方は皮膚疾患に用いる場合が一番多い。ことに湿疹には著効を得る場合が多いので、その乾性たるち湿性たるとを問わず、応用目標の中の二、三の症状が備わっていたなら、一応は試みてみる価値がある。湿潤の状態が強かったり、手足が冷えたりする場合には、附子を加えて、越婢加朮附湯として用いるとなお効果の顕著な事がある。
 45才の男子で、眼瞼周囲の湿疹、即ち眼瞼炎であるが、これが非常に高度で、眼瞼は腫れてふさがって眼を開ける事が出来ず、奥さんに手を引かれて大学の眼科、その他で治療を受けていたが全く効果の無かったものに、越婢加朮湯数貼が偉効を奏した例がある。
 また55才の婦人で、左三叉神経第一枝の走行に沿って来た帯状ヘルペスに、葛根湯その他で応ぜず、越婢加朮湯に転方した翌日から目に見えて好転し、あのみにくいあとをほとんど残さずに治癒した。以上に例とも渇と尿不利の傾向があった。しかしときには何のとらえ所もなく、ただ陽証の皮膚疾患という目標だけで応用してみて奏効した例もあるから、湿疹等で処置に窮した場合には、一度は試みてよい薬方である。
                                  藤平 健

65.〔方名〕甘草附子湯(かんぞうぶしとう)
〔出典〕金匱要略
〔処方〕甘草2.0 白朮4.0 桂枝3.5 附子0.5〜1.0
〔目標〕自覚的 劇しい関節痛、発汗傾向、頭痛、悪寒、尿不利、ときに軽度の浮腫。
他覚的 
脈 浮弱又は浮にして軟 
舌 乾湿中等度の微白苔 
腹 腹力は中等度又はそれ以下で、ときに上腹部に振水音を認める。心窩部に軽度の抵抗並びに圧痛を認めることがある。
〔かんどころ〕節々痛んで、寒さがひどく、頭痛し、洟出で、小便少ない。
〔応用〕1.関節リウマチ又は神経痛
2.陽虚証の感冒の初期で背悪寒の強い場合。
3.感冒がこじれて、背悪寒だけがとれないもの。
〔治験〕原典には「風湿相博ち」とあるが、風は外からの邪であり、湿はもともとその身に備わる湿邪即ち水毒である。即ち本方証は、水毒性体質、言いかえればアトニー性体質で、平素胃部に振水音が認められるような者に、偶々外邪が襲った場合に、本方症をおこすのである。
 したがって、本方は、アトニー体質の者の、激烈な関節リウマチ或いは神経痛の疼痛に偉効をおさめることが屡々であるが、本方がまた感冒の初期にも、或いはまたそのこじれた場合にも、ときに著効をおさめることがあることも忘れてはならない。
 三八才の婦人。約一ヶ月前にひいたかぜがこじれて、咳とか、頭痛とかはとれたが、背中の寒さだけがどうしてもとれない。診ると脈はやや浮にして軟。腹力またやや軟。そこで本方を投じ、五日間服用して治癒した。
 次は筆者自身の治験。晩秋のある日。診療中所用で一寸外出して帰ったところ、突然に猛烈なクシャミと水洟が出はじめ、はじめに小青竜湯、ついで麻黄附子細辛湯を服して変化なく、翌日頭痛の増強と、劇しい水洟並びに鼻粘膜の刺激症状と、堪え難いほどの背中のつめたさとを目標に、本方を服用したところ、十数分の後にはその大半の症状が消退し、翌日は全くの正常状態に服することが出来た。その後陽虚証(?)のこのような風邪の患者数例に本方を応用して、いずれも所期の効果をあげることが出来た。 

                                  藤平 健

66.〔方名〕桂枝加朮附湯(けいしかじゅつぶとう)
〔出典〕傷寒論
〔処方〕桂枝、芍薬、大棗、生姜各4.0 甘草2.0 白朮4.0 附子0.5〜1.0
〔目標〕自覚的 発汗傾向があって、悪寒し、尿利がしぶり、手足の関節が痛み、或いはその運動が不自由
他覚的
脈 浮弱または浮にして軟。
舌 乾湿中等度の微白苔又は苔なし。
腹 腹力は中等度以下。
〔かんどころ〕さむけし、汗ばみ、小便しぶり、節々痛んで、手足が不自由。
〔応用〕1.関節リウマチ又は神経痛
2.脳出血後の半身不随
3.関節炎
4.痛風
〔治験〕先哲は本方を脳出血後の半身不随に多用して、よい治験を数多く報告している。確かに本方は脳出血後の半身不随には奏効する場合が多い。しかし陽実証のそれには応ずることが少なく、それには続命湯の応ずる場合が多いように思う。
 私は本方を陽虚証(?)の関節リウマチ或いは神経痛に実に屡々用いる。
 どちらかというと、関節リウマチには桂枝二越婢一加朮附湯、神経痛には本方という傾向がなきにしも非ずではあるが、一概にそうもいえず、かえってとらわれてはいけないようである。
 悪寒とか、発汗傾向とか、尿不利とかは、必ずしも揃って出てくるとは限らないから、全体的に陽虚証(?)で、身体のどこかに疼痛又は運動障害のある場合には、一応本方を試みてみるべきであろう。
 動悸や、尿不利の傾向が更に加わり、又は強まっている時は、茯苓4.0を加えて、桂枝加苓朮附湯として用いるが、このようにして用いる場合の方がむしろ普通である。
 神経痛やリウマチには、あまりに日常多用しすぎて、例を選ぶのにかえって困惑するくらいなので、症例を挙げるのは省略する。

                                  藤平 健

67.〔方名〕呉茱萸湯(ごしゅゆとう)
〔出典〕傷寒論、金匱要略
〔処方〕呉茱萸3.0 人参2.0 大棗、生姜各4.0
〔目標〕自覚的 嘔吐し、胸中から心窩部にかけて、つまったようで苦しく、手足が冷え、頭痛しやすく、或いは下痢する。
他覚的
脈 沈、沈弱、又は軟。
舌 湿潤した微白苔。
腹 腹力は中等度又はそれ以下で、上腹部に振水音を認めることが多く、心窩部に軽度の抵抗並びに圧痛がある。
〔かんどころ〕嘔吐し、頭痛し、手足が冷えて、むなもとつかえて、気分がわるい。
〔応用〕
1.心窩部が膨満して、食欲がなく、手足が冷えて、疲れやすいもの。
2.慢性胃炎又は胃アトニー等で、常に胃部停滞の感があり、嘔吐、頭痛を来しやすいもの。
3.常習頭痛の発作で、頭痛激甚、嘔吐し、手足が冷え、心窩部の膨満するもの。
4.吃逆が止まず、手足寒冷のもの。
5.小児の嘔気症で、手足の冷たいもの。
6.子癇。
〔治験〕本方は太陰位で、虚実の間に位置する薬方であって、水毒が上下に激動する証を呈するものである。したがって激しい嘔吐、頭痛、手足厥冷、下痢等の症状のうちいくつかが、相伴って発来する場合が多い。
 五十九才の婦人。やせていて、顔色が悪く、年来の胃弱に悩まされている。手足がひどく冷え、デパート等の人混みの中に出て帰ってくると、必ずといってよい位に激しい頭痛がする。あまり激しいときには嘔吐を伴う。
 脈は沈細。ぜつは乾燥したやや厚い白苔。腹力は軟で、心窩部に中等度の抵抗と圧痛とがある。上腹部に軽度に振水音を認める。
 本方を続服すること五ヶ月で、顔色もよくなり、皮膚のつやも出て、胃部の不快感も、頭痛も、忘れたように消退した。

                                  藤平 健

68.〔方名〕柴胡桂枝乾姜湯または柴胡桂姜湯(さいこけいしかんきょうとう又はさいこけいきょうとう)
〔出典〕傷寒論、金匱要略
〔処方〕柴胡6.0 桂枝、括呂根、黄ゴン、牡蛎各3.0 乾姜、甘草各2.0
〔目標〕自覚的 句渇、口燥、頭部発汗或いは盗汗があり、疲れやすく、尿利渋滞し、ときに往来寒熱、心悸亢進、咳嗽、心気鬱滞等がある。
他覚的
脈 やや弱、浮弱、浮細、ときにやや沈。
舌 やや湿潤し、微白苔か、苔なし。
腹 腹力は中等度又はやや軟で、両肋骨弓下、とくに多くの場合は右肋骨弓下に、弱度の抵抗と圧痛とを認め、臍上又は臍下に腹大動脈の搏動を著明に触れる場合が多い。
〔かんどころ〕頭部に汗出で、ねあせも出でて、疲れやすくて、のどかわき、臍上悸ありて、小便少ない。
〔応用〕
1.急性熱性病がやや日を経て、やや疲労衰憊にかたむいたもの。
2.肺炎、胸膜炎、肺浸潤等で、微熱が去らず、盗汗、口渇の傾向のあるもの。
3.マラリア様疾患で、寒戦は甚だしいが、発熱は顕著でないもの。
4.胃酸過多、胃カタル
5.脚気
6.中耳炎
7.ネフローゼ
8.低血圧症
9.ノイローゼ
10.神経性心悸亢進症
11.結核性腹膜炎
12.フルンケル
13.血の道症
〔治験〕本方は極めて応用範囲の広い薬方である。少陽期柴胡剤のうちの最も虚状のつよいものであって、諸症状は柴胡加竜骨牡蛎湯証に似て、ただそれが総体的に虚状をつよくしたもの、言い換えれば、柴竜湯と表裏の関係にあるものということが出来る。本方はあまりに頻用されるので、一々例を挙げたらきりがない。類聚方広義の本方に関する頭注は、短文よくその要を尽くしているので、次に引用しておこう。
「労ガイ(肺結核)、肺痿(肺壊疽)、肺癰(腐癈性気管支炎)、癰疽、瘰癧、痔漏、結毒、黴毒等、久しきを経て兪えず、漸く衰憊に就き、胸満、乾嘔し、寒熱交わりも作り、動悸、煩悶し、盗汗、自汗し、痰嗽し、乾咳し、咽乾、口燥、大便溏泄し、小便利せず、面に血色なく、精神困乏し、厚薬に耐えざるものは、此の方に宜し」。

                                  藤平 健

69.〔方名〕茯苓沢瀉湯(ぶくりょうたくしゃとう)
〔出典〕金匱要略
〔処方〕茯苓、沢瀉各4.0 白朮、生姜各3.0 桂枝2.0 甘草1.5
〔目標〕
自覚的 胃部痞塞感、悪心があって、食後しばらくして食したものを吐出し、のどがかき、頭痛し、尿利減少の傾向がある。
他覚的 脈 浮ならず、沈ならず、やや軟。
     舌 乾湿中等度の白苔が中等度。
     腹 腹力はやや軟弱で、上腹部に振水音を認めることが多い。
〔かんどころ〕嘔吐して、のどがかわいて、小便少ない。
〔応用〕
1.胃アトニー、胃下垂、胃拡張等で、?気、胃部のもたれ感、食後しばらくしての嘔吐、頭痛等があり、のどがかわいて、小便がその割に少ない場合に用いてよく効く。同様な症状が胃癌の場合にもよく現れるが、本方はそのような症状を緩解することは出来るが、根治することは出来ない。
2.小児でよく乳を吐き、排尿の少ないとき。
〔治験〕本方はやや程度の進んだ胃アトニー、胃下垂症等に、ときとして著効を奏するが、あまり頻用される薬方ではない。
 本方は五苓散証とよく似ているが、五苓散証は表証をとどめているが、本方には表証はないということと、同じく吐があるが、五苓散のそれは飲み込んですぐ吐くが、本方のそれは食してのち暫く時間をおいてから吐くという点に違いがある。また五苓散の渇は、のどがかわいて水をのむ、すると吐く、という状態を呈するが、本方は吐いてからのどが乾くという傾向が強い、というところにも相違がある。

                                  藤平 健

70.〔芍薬甘草湯〕(しゃくやくかんぞうとう)
〔出典〕傷寒論
〔処方〕芍薬、甘草各3.0
〔目標〕自覚的 身体諸処が劇しく痛み、腰脚がひきつり痛む。
他覚的
脈 やや軟に近いが、ときには緊。
舌 苔なく、多くは湿潤。
腹 腹力はやや軟で、両腹直筋がつよく緊張して、あたかも二本の棒を、臍をはさんで平行にたてたような感を呈する。
〔かんどころ〕脚はひきつり、腹筋すじばり、あちこち痛んでがまんが出来ない。
〔応用〕
1.諸種の疼痛の激甚な場合
2.小児の腹痛又は夜啼症
3.諸種の神経痛で、腹直筋の緊張のつよいもの
4.胆石、腎石等で疼痛の激しい場合
5.泌尿器、生殖器疾患で下付苦痛の激しい場合
〔治験〕本方は諸種の疼痛を、頓挫的に緩解させるはたらきがつよい。随意筋、不随意筋の別なく、その痙攣による疼痛をゆるめる作用は、予想以上のものがある。その痛みが激甚ならば激甚なるほど、本方は即座に奏効する。
 本方に膠飴を加味して、より効を増すことがあり、また手足に寒冷を覚えたり、悪寒の加わったりする場合には、附子を加えて芍薬甘草附子湯として与えて、一層効果的である場合がある。
 二十三才の男子。猛烈な腰の痛みで、家中を転げ廻っているから、至急往診してほしいとの訴え。行ってみると、なるほど、泣き叫ばんばかりの様相で輾転反側している。両腹直筋はピンと緊張して、二本の竹の棒を立てたようである。あらかじめ用意していった本方を煎じ与えて五分、嘘のように痛みはおさまり、静かになった。あと一週間分を服して完治した。
 三才の女児。疳がつよくて、何事にも反抗し、かつ夜は突然にとび起きて啼きわめく。本方を与えること二週間で正常状態に復した。

                                  藤平 健