「漢方精撰百八方」 4

     31.〔方名〕内疎黄連湯(ないそおうれんとう)
〔出典〕「外科正宗」(明・陳実功)
〔処方〕当帰4.0 連翹4.0 芍薬3.0 黄ゴン3.0 梹榔3.0 桔梗3.0 木香1.0 黄連1.0 梔子1.0 薄荷1.0 甘草1.0 大黄1.0
〔目標〕化膿性炎症の経過中で高熱を発し、腫脹ますます強く、口舌乾燥、うわごと、精神錯乱、吐き気、しゃっくり、両便秘結などを呈し、全身状態重篤で敗血症の疑いのあるもの。
〔かんどころ〕托裏消毒飲が奏効せず、敗血症になった場合の薬方で、証により大黄を増す。
〔応用〕本方は危急の場合にも用いるが、現代医療に併用すると良い。内攻の諸症に適す。この場合脉は沈実である。浅田宗伯によれば、本方の応ぜざるものには千金五利湯を用いるとよいというが未試。参考までに記しておく。
 カルブンケル、フレグモーネなどで病毒強く、しかも化学療法剤や抗生物質がおうじないで内攻し一般症状が悪化する傾向にある時に応用する。なお解毒・強心の意味で麝香、牛黄、センソ、犀角などを配合した製剤(六神丸など)を兼用することが多い。
〔治験〕三十六才の主婦、虫垂炎が穿破して急性汎発性腹膜炎となり、八時間後に開腹手術したが結果は好転しない。次第に一般症状が重篤となり、熱は三十八度、しゃっくりを発し、意識が時々混濁する(術後十時間)。補液、強心剤、抗生物質などあらゆる現代医療の手を尽くす一方、家人の懇望で漢方を併用することにした。脉沈実に力を得て内疎黄連湯に六神丸(中国製雷充虔修のもの)一回十粒兼用。三服してから意識混濁はなくなり、家人と話をするまでになったが、口渇甚だしく脉も弱くリズム乱れ、四肢厥冷なのに熱がってフトンから手足を出す。予後不良と断じ、もはや薬を飲むことさえ不可能なので注射のみの処置としたが二時間後に死亡した。
 本例は極めて重篤な例で、手術前から予後不良とあきらめてはいたものの、一時なりとも小康を得たのは内疎黄連湯の効と思われる。    
石原 明

     32.〔方名〕排膿散及湯(はいのうさんきゅうとう)
〔出典〕「類聚方広義」(尾台榕堂)
〔処方〕大棗6.0 枳実3.0 芍薬3.0 桔梗3.0 甘草3.0 生姜3.0
〔目標〕急性化膿性炎症、患部は発赤、腫脹、堅硬で疼痛を伴い、可能の兆しのあるもの。胸腹つかえ膨満感、粘痰や膿血を吐いて急迫するもの。
〔かんどころ〕急性化膿炎症で病勢の強い時期に用いるが、托裏消毒飲と関連して区別を要す。虚証なら内托散がよい。急性実証で病勢強く全身症状のないものが本方の主治。
〔応用〕本方は古方の排膿散と排膿湯を吉益東洞が合方したもので、本方の方が原方よりすぐれている。それに排膿散は、排膿湯よりも初期に病勢を頓挫させる薬方とされているが、時期の判定に問題があるから合方の方が使い易い。原方を重んじて煎じてから適温になったところで生卵一個をよくほぐし、煎汁とともにのむとよい。フルンケル、カルブンケル、リンパ腺炎などの初期に用いる機会が多い。ただしヒョウソに応用する時は細心の注意を要す。また冷性膿瘍や化膿菌以外の大腸菌、結核菌などによる慢性のものには用いない。
〔治験〕三十四才の会社員、男性、平生から皮膚が弱く、カミソリまけから顔面の吹き出物が絶えない。今度は眼の下にフルンケルが出来てしまった。面疔はいのち取りと大いに驚いて病院に行ったところ、抗生物質(種類は不明)を注射されたが病勢は衰えない。腫脹と疼痛に悩んで五日目に投薬を請いに来た。実証肥満、どうやら望診では糖尿病でもあるらしく思えるが、本人は否定するし今まで検尿はしたことがないという。火急の場合であるから排膿散及湯エキス散を生卵にとかして白湯でのませた。三日後に自潰排膿したので伯州散を兼用し、十日ほどでいちおうはおさまった。その後強くすすめて人間ドックに入れたら、果たせるかな糖尿病があり、美食を好んで不摂生をしていることが判明。そこで厳に食養を守らせ、証により八味丸料(炮附子0.8g使用)に防風通聖散原末を兼用すること三ヶ月。糖尿は半減し体重が一キロ減った。そしてフルンクロージスも根治したが、糖が消失するまで連用する約束で丸剤に代えて一年間服用して根治した。その後四年経過するが健康である。
石原 明

     33.〔方名〕伯州散(はくしゅうさん)
〔出典〕伝 平城天皇謹撰「大同類聚方」
〔処方〕モズクガニ マムシ シカの角 以上をおのおの別個に黒焼きとし、細末にしたものを等量混和し、一日三回1.0を服用。
〔目標〕慢性化膿性疾患で、体力低下、疲労倦怠、排膿不良、肉芽形成悪く、瘻孔、潰瘍、カリエスが癒えず、痛みがとれず精神不安を伴うもの。
〔かんどころ〕外用、内服ともに用いるが、内服の場合、開口して排出すべき状態になければ使用してはならない。遅きに過ぎて無効なることはなく、急性炎症症状が残っている時期にはかえって悪化する。またヒョウソや面疔の時にも併用時期を慎重にしなければならない。その意味で肺結核のシュープの時には喀血を来すことあり、悪性腫瘍の末期にも注意を要する。また慢性胃弱、強度の便秘には単方で用いない方がよい。一般には兼用方として使う。
〔応用〕本方は日本固有の薬方で、伯耆国の民間に伝わった神代の医方という伝説があり、偽書で有名な「大同類聚方」に記載してあるので身許不明、真偽のほどは史的には明らかでないが、実用価値が甚だ高いので古方家が兼用方として採用した漢方外科の常備の処方である。内容の異なった処方が数種あるが、現代は前掲の通りのものを使用する。黒焼き粉末の混和したものであるから、自製するならともかく、信用のあるメーカーのものでないと効果が期待出来ない。粉末は内服の時むせたりすると衣服を汚し、ノドにこびりつくのでオブラートを使うか、錠剤を使用すると都合がよい。
 外用は粉末のまま撒布すると、小さな切創なら止血と化膿予防に役立つ。肉芽不良の創面には軟膏として貼布する。親水軟膏に五分の一量ほど混和するもよく、適応があれば紫雲膏に練り込んでもよい。変わった応用としては深い瘻孔で排膿不十分、肉芽不良という場合に清潔な薄手の和紙(吉野紙)で線香花火のように伯州散条を作って挿入する。また創面が深い時には錠を半月形に砕いて挿入することもある。創面に撒布して使う時に、注意しないと肉芽形成が速やかなため、組織内にカーボン粒子が沈着して治癒してからホクロにまがうばかりになる。顔面のフルンケンなどで若い女性に応用する時には美容上細心の注意が肝要である。
石原 明

     34.〔方名〕桂枝二麻黄一湯(けいしにまおういちとう)
〔出典〕傷寒論
〔処方〕桂枝4.5 芍薬 生姜 大棗 各3.0 麻黄 杏仁 各2.0 甘草2.5
〔目標〕発汗の機を失して数日たち、邪熱が鬱して解散せず、瘧のような状態に陥ったものを治するもので、桂枝湯の力だけでは及ばないので、麻黄湯の力を借りて、効を得ようとするものである。
〔かんどころ〕桂枝湯と麻黄湯との合方で、桂枝湯証やや多く、麻黄湯証やや少なきものに適応する。
〔応用〕感冒等で発汗の機を逸したり、または発汗が十分でなく熱がこもった様な状態になり、おこりの様な熱状のあるものに適用する。
 また、感冒等の初期で、桂枝湯証よりはやや強く、身体疼重感等あるものには、当初より用いる。
〔附方〕桂枝麻黄各半湯(傷寒論)桂枝4.5 芍薬 生姜 甘草 麻黄 大棗 杏仁 各2.5
 本方は桂枝湯と麻黄湯の合方で、麻黄湯証と桂枝湯証とが相半場するもので、桂枝二麻黄一湯にくらべれば、その病の鬱するところは深く、其の薬力はやや強い。
 本方も感冒等に用いられ、発汗の機を失したためか、発汗したが十分でなかったために、熱がこもったようになって、なおらない場合、又は、風邪の初期でも、桂枝湯証に麻黄湯証をおびた感がある者に適用する。則ち麻黄湯を与えると強すぎるが、葛根湯証のような筋肉のこわばり、項背の強急がなく、身体の節々が疼く、洟水が多く出るもので、本来、頑健な体でないものの感冒等には、よく効を奏する。
 また、皮膚には、発斑も発疹もない皮膚掻痒症に用いて効果がある。
〔治験〕感冒には葛根湯と一般に思われているが、筆者の経験によると、普通の風邪には、桂麻各半湯が効を奏する場合が最も多く、次に葛根湯、次に麻黄湯の順に使用する機会が出ている。葛根湯、麻黄湯の項を参照、桂麻各半湯、桂枝二麻黄一湯の使い方を会得すると、風邪の治療に便である。
                       伊藤清夫

     35.〔方名〕桂枝二越婢一湯(けいしにえっぴいちとう)
〔出典〕傷寒論
〔処方〕桂枝 芍薬 甘草 麻黄 各3.5 生姜3.0 大棗4.0 石膏5.0
〔目標〕証には、太陽病、発熱悪寒し、熱多く寒少なきものとある。
 本方も桂枝二麻黄一湯、桂枝麻黄各半湯に似て、熱と水毒が結ばれて、表の位に鬱するもので、越婢湯の力をかりて効を得ようとするもので、前者より更に病が重い。
〔かんどころ〕本方は桂枝湯と越婢湯との合方で、桂枝湯証多く、越婢湯証が少ない。これは感冒等の熱性病で、発熱、悪寒し、瘧のような状態にあるものを目標とする。渇があり、発熱状態も強い。
〔応用〕本方は、感冒等に用いるよりは、朮附を加えて(朮4.0 附子1.0〜2.0)神経痛や関節リウマチに適用することが多い薬方である。
 桂枝二越婢一湯加朮附を関節リウマチに用いる目標は、時に発熱があり寒気があることもあるが、腫瘍の部だけ熱感があって他に熱を感じないものもある。とにかく時々発熱することが一つの目標になる。腫瘍があって熱感がない時は、奏効しにくいように思う。身体が重だるい,引きつれて痛むが、腫れて痛みがあって全身が重だるい場合が奏効しやすいように考える。熱感もなく、腫痛、疼重感のない神経痛にはむかないように思う。渇はあった方がよいが、必ずしもあるとは限らない。加ヨク苡仁(7.0〜10.0)にして更によいことがある。
 本方を関節リウマチに最も多用するが、葛根加朮附湯、防已黄耆湯加麻黄附子、桂枝麻黄各半湯に朮附を加味したものも用いる機会が多い。
〔治験〕桂枝二越婢一湯加朮附ヨク苡仁は関節リウマチの半数以上に適用される機会があった。前述のように熱感を一つの目安におくが、桂枝加朮附湯等で奏効せず、熱もなく、渇もないのに本方に変えて奏効した例が相当ある。試験されたし。
                                 伊藤清夫
     36.[方名]麻黄湯(まおうとう)
〔出典〕傷寒論
〔処方〕麻黄、杏仁各6.0 桂枝4.0 甘草2.0
〔目標〕証には、喘して汗無く、頭痛、発熱、悪寒し、身体疼む者とある。即ち、頭痛、発熱、悪寒し、喘があって汗なく、身体が疼み、脈浮緊なる者、その他、骨節疼痛、喘して胸満し、或いは衂血のあるものに適用する。
〔かんどころ〕発熱が強く悪寒し、頭痛し、汗が出ずに喘、咳が強く、関節等身体の節々が疼む者に適用する。要するに太陽病、表熱、実証の方剤の最たるものである。
〔応用〕
(1)熱性病の初期で、頭痛、発熱、悪寒し、身体疼痛し、脈が浮緊で発汗しないもの。
(2)感冒などで、発熱、悪寒し、脈が緊で数、喘、咳を発するもの。
(3)熱性病の初期で、衂血を発するもの。
(4)熱性病の初期で、発斑、或いは発疹するもの。目標の諸症を具えるもの。
(5)鼻カタル、水洟が出たり、鼻づまりがあるもの。
(6)気管支喘息
(7)気管支肺炎
(8)乳児の鼻閉症
(9)関節リウマチの急性期。これには麻黄加朮(朮6.0)の方がよく用いられる。加味薬としては、痰が粘って切れにくい者に、桔梗3.0〜5.0を加える。身体疼痛の劇しいものには、朮、ヨク苡仁を加える。喘息の劇しいものには、生姜、半夏を加えて奏効することがある。
 感冒、流感の初期で葛根湯を用いるか、麻黄湯を用いるか、判別しにくい場合がある。典型的の証を示していれば、判定しやすいのであるが、判定しにくい場合も少なくない。勿論、麻黄湯の方が、症状が劇しいのであるが、麻黄湯には喘、咳が強く出るが、葛根湯は喘、咳は弱いか伴わない場合がある。証に言う症状が似通っている場合の区別は、麻黄湯は全体として、より流動的で激しく、葛根湯はやや固まった感じである。麻黄湯は身体の節々、関節等が痛むが、割に筋肉の全体的の凝りは少ない。葛根湯は筋肉、筋がこって身体が痛むように思う。麻黄湯は水洟が劇しく出るが、葛根湯は、やや濃い洟の感じである。この様な区別が一応の目安になると思う。
伊藤清夫
     
     37.[方名]葛根湯(かっこんとう)
〔出典〕傷寒論
〔処方〕葛根8.0 麻黄、生姜、大棗各4.0 桂枝、芍薬各3.0 甘草2.0
〔目標〕証には、項背強急し、発熱、悪風し、汗無く、或いは喘し、或いは身疼む者とある。即ち発熱、悪風し、項背から頭にかけてこわばり凝り、汗が出ないで、喘し、身体が疼む者に適用する。その他、小便不利、上衝、下痢、口噤等の症の加わることがある。脈は浮、緊、数がふつうである。
〔かんどころ〕悪寒、悪風があって発熱し、背すじから項にかけてこわばり、汗が出ないで脈は浮で力があるものに適用する。筋肉や筋がこわばり、強ければ痛み、更に激しければ痙攣する状態があることを一特徴とする。麻黄湯の身体疼みは関節等疼痛するというので、深く強い。葛根湯の疼みはそれより表在している形である。
〔応用〕漢方薬の代表といってよい薬方であるが、風邪ばかりでなく、実に応用範囲の広い薬方である。熱のある場合は、目標の如き症状を具えているが、熱が無くても、筋肉の強直を目標として用いたり、急性、慢性の化膿性疾患に用いたり、実にさまざまな用途がある。
(1)感冒の初期で、目標に上げた症がある時は、先ずこの方を与えて発汗するのがよい。十分に発汗させないとうまくいかない。汗が出ないで尿が多量に出て解熱する場合もある。
(2)下痢の初期で、悪寒、発熱し、脈浮数のものに適用する。これは「太陽と陽明との合病にして、自下痢する証」に当たる場合であることが多い。流感のある種のものには下痢を伴う場合があるが、葛根湯がよく奏効する。なお、感冒で、葛根湯を用いる場合で、胃の弱いもの、嘔気を伴うものには加半夏湯(半夏6.0)にするがよい。
(3)麻疹、疫痢その他の熱性病の初期で、目標の症のあるもの。
(4)肩背痛のあるもので、脈浮数の者。又、肩、肩甲部の神経痛に用う。加朮附にして用いて効を得ることが多い。
(5)脳膜炎、或いは破傷風の類で、その初期、脈浮数、口噤、筋強直を伴うもの。
(6)歯痛、歯齦腫痛、咽喉腫痛、中耳炎初期の疼痛等に用いる。加石膏にすることがある。
(7)諸種の皮膚病、湿疹、疥癬、蕁麻疹、風疹、湿出性体質の小児等に適用する。局所が赤く腫れ、熱感があるものにはよく奏効する。蕁麻疹には最もよく用いられる。石膏、桔梗、ヨク苡仁(ヨクの字はくさかんむりに意)等を加味することが多い。
(8)フルンケル、カルブンケル等の化膿性疾患の初期、発熱、悪寒、腫痛等の前記の目標を具えたもの。桔梗、石膏を加味することが多い。
(9)気管支喘息。感冒等に誘発された喘息発作に用いる。
(10)副鼻腔炎、肥厚性鼻炎、臭鼻症、嗅覚障害等に適用する。副鼻腔炎には、最もよく用いられる薬方の一つで、桔梗、ヨク苡仁、辛夷、川キュウ等を加味する場合が多い。なお、葛根加朮附湯、苓朮附湯にして奏効する場合もある。
(11)るいれき等には、証により反鼻を加えて用いる。
(12)眼科疾患では、麦粒腫、眼瞼縁炎、急性結膜炎、急性角膜炎、虹彩炎等、炎症症状を伴うものに頻用される。加味薬は、石膏、桔梗、ヨク苡仁、反鼻、朮、附子、川キュウ等である。
 伊藤清夫

       38.〔方名〕神秘湯(しんぴとう)
〔出典〕外台秘要
〔処方〕麻黄5.0 杏仁4.0 厚朴、陳皮各2.5 甘草、柴胡各4.0 蘇葉1.5(本来の神秘湯に厚朴、杏仁を加えた浅田流の処方である)
〔目標〕久咳、奔喘、坐臥するを得ず、並に喉裏呀声、気絶するものを療すとある。
喘息で呼吸困難を主とし、痰は少なく、気鬱を兼ねたもので、一般は腹力弱く、心下もそれほど緊張しないものに適用する。
〔かんどころ〕咳嗽、喘鳴があり、呼吸困難が主で、小青竜湯のような水毒症状がないものに適用される。
〔応用〕(1)気管支喘息、麻杏甘石湯よりは呼吸困難が強く、痰が切れにくい場合に適用する。小児の喘息に適応症が多いように思われる。
(2)小児の感冒で、咳が出て喘鳴のあるものに適用する。
(3)肺気腫。強度の肺気腫には効果がないように思われる。軽度の肺気腫で、動くと呼吸困難のあるものに適用する。
伊藤清夫

       39.〔方名〕麻杏甘石湯(まきょうかんせきとう)
〔出典〕傷寒論
〔処方〕麻黄5.0 杏仁3.0 甘草2.0 石膏10.0
〔目標〕証には、発汗の後、汗出でて喘し、大熱(大表の熱)無きもの、とある。
即ち、喘咳があり、発汗があり、発熱し、口渇、尿量減少、顔面浮腫があり、呼吸困難等の急迫、煩悶の状を伴い、脈、浮数、又は数なるものに適用する。腹力は充実している。
〔かんどころ〕喘咳を主とし、発汗、口渇が伴い、発熱は悪寒を伴わない。即ち、大表に熱なきものである。
〔応用〕
(1)気管支喘息に用いられることが多い。この際は発熱を伴わない。発汗があっても発熱に伴うものではなく、所謂あぶら汗である。
 汗なく喘する者にも効果がある。小青竜湯の喘は、喘咳であることが多く、湿性が強く、ぜいぜいするが、麻杏甘石湯は、急迫の状があっても、その喘は、湿性ではないように思われる。小青竜湯は水毒症状が強いが、麻杏甘石湯は、発汗し易く、水毒の停滞は少ない。麻黄湯証の喘息は汗はでない。
(2)感冒後の気管支炎、肺炎、その類症等で喘咳に伴う急迫症状があるものに適用される。
(3)感冒薬、特に小児の感冒に適している。喘息性の気管支炎の乳幼児の喘鳴に適用される。
 一般に麻杏甘石湯は喘息の発作時に頓服として用いるが、長期間の服用には適しないことが多い。
〔附記〕麻杏甘石湯は気管支喘息に最も多く用いられる薬方と思われているが、前述のように発作時に頓服として用いられることが主で、筆者の経験によれば小青竜湯の奏効する場合の方が多い。また、大柴胡湯、大柴胡湯合半夏厚朴湯、小柴胡湯合半夏厚朴湯等、麻黄の加味されない薬方で治る場合も多いことを注意すべきである。
                                  伊藤清夫

       40.〔方名〕小青竜湯(しょうせいりゅうとう)
〔出典〕傷寒論、金匱要略
〔処方〕麻黄、芍薬、乾姜、甘草、桂枝、細辛各2.5 五味子3.0 半夏5.0
〔目標〕証には、咳、喘、上衝し、頭痛、発熱、悪風し、或いは乾嘔する者を治すとある。
 水毒があり、眩暈、尿利減少、胃内停水浮腫等の水毒症状を有する者が、外邪により即発されて、咳、喘を発し、上衝、頭痛、悪風、嘔気等の症状を表すものを目標とする。脈は浮数、細数で緊ではない。時には下痢し、裏急後重を伴う者もある。
〔かんどころ〕水毒症状をもっていたものが咳、喘を発した場合に適用される。咳が主で、喘は従であり、痰も鼻汁も水溶性で量が多いのが特徴である。ぜいぜいいう喘鳴がある、うすい痰が多い、水洟がよく出るといった症状がある。水毒症状は、胃内停水(胃部振水音)、軽度浮腫、尿利減少、眩暈等にあらわれている。
〔応用〕(1)感冒、気管支炎等で、熱候があり、咳、喘があり、尿不利、乾嘔、眩暈等があり、脈が数なるもの。
(2)気管支喘息。湿性の喘息に効あり。即ち喘鳴があり、ぜいぜい言い、痰は比較的うすく量が多い。心下部振水音等の水毒症状を見出だす。咳喘強く、逆上が甚だしく、脈に力のあるものは石膏5.0〜7.0を加味すると効果がある。
(3)百日咳、肺炎、これも喘鳴があるものに効がある。咳逆するものには石膏を加える。
(4)ネフローゼ、腎炎。
(5)アレルギー性鼻炎。鼻がつまり、水洟が出やすい、それにほかの水毒症状が伴っているアレルギー性と称せられる鼻炎によい。
(6)浮腫性の関節炎
 本方は苓甘姜味辛夏仁湯去加方である。麻黄があり、小青竜湯という名があるため、強い薬方のような感があるが、大青竜湯と違いその作用は強くない。水毒症状があって、咳、喘があるものに広く用いられる。気管支喘息の場合は熱候がなくてもよい。同じく喘息によく用いられる麻杏甘石湯との違いは、本方は水毒症状が著明で、渇も少なく、発汗傾向もない。麻杏甘石は、発汗があり、渇があり、喘鳴も本方のように湿性でなく、分泌量が少ないように思う。
                                 伊藤清夫