漢方治療の実際

★ 胃炎・胃腸虚弱

 漢方には胃腸の色々な症状に用いる方剤が沢山あります。
もともと身体の丈夫な漢方で言う実証の人は、胃が悪くなっても西洋薬の胃薬を飲むことで大抵は治ってしまいます。しかし、身体の弱い、胃腸の虚弱な虚証の人はそういうわけにはいかない場合が多く、胃薬を飲んでも胃が痛くなってしまう、また、胃酸を抑える薬を飲むと口が渇いてどうしようもない、などということがあります。
しかし、漢方では虚証の人に効く薬から実証の人に効く薬まで、それぞれの体質の人の、それぞれの症状に適した方剤が用意されています。
生来胃腸の虚弱な人は、漢方薬を飲んでもそう簡単に胃腸が強くなるというものではありませんが、自分にあった漢方薬を長く飲んでゆくと、胃腸の不快な症状が改善し、身体も温まり丈夫になったゆきます。


       胃炎・胃腸虚弱に頻用される漢方処方
     
        実証
   黄連解毒湯(おうれんげどくとう)
のぼせ、いらいらがあり、胃痛がある場合
     
   大柴胡湯(だいさいことう))
胸脇苦満(季肋部の抵抗圧痛)があり、悪心、嘔吐、便秘の傾向がある場合。

       中間証
   黄連湯(おうれんとう)
心下部に抵抗があり(心下痞鞕・しんかひこう)、心下部痛がある場合。
 
   半夏瀉心湯(はんげしゃしんとう)
心下部に抵抗があり(心下痞鞕・しんかひこう)、胃もたれ、食欲不振がある場合。

   茯苓飲(ふくりょういん)
悪心、嘔吐があり、胃に水分が停滞している場合。

      虚証
   六君子湯(りっくんしとう)
胃もたれ、食欲不振があり、疲労感がある。

   四君子湯(しくんしとう))
六君子湯よりもさらに虚証の場合。

   人参湯(にんじんとう)
胃腸の冷えが強く、心下部が痛み、薄い唾液が口に溜まるような場合。



    
胃腸虚弱の症例

症例:69才 女性

診断:胃腸虚弱

既往歴 昭和18年虫垂炎手術、昭和54年子宮筋腫手術 虫垂炎手術時、腹膜炎を併発し、強度の癒着がある 

現病歴:生来胃腸が弱く、すぐに胃もたれがおこり、下痢、便秘にもなりやすい。体が冷えやすく、特に足が冷える。昭和56年頃に金匱会中将等ビル診療所に通院していた。再度漢方治療を希望し、平成14年3月初診。

現代医学的所見: 身長148cm,体重38kg 血圧124/70mmHg 腹部に虫垂炎、子宮筋腫の手術痕を認める。その他理学的所見に異常なし。

漢方医学的所見: 腹証:腹部軟弱無力、心下部振水音(±) 脈証:沈、小 冷え性

経過:初診時四君子湯投与。服薬後胃腸の調子も良く、続けていたが、6月中旬になり気温が上がった頃から発汗、食欲減退が起こり清暑益気湯に変方。しかし、清暑益気湯では嘔気が出たため四君子湯に戻したところ徐々に体調回復。約1年続けていたが、胃が重苦しい感じが完全に取れないとのことで、六君子湯に変方したところ便秘になってしまい、四君子湯加陳皮2gに変方した。この処方で胃腸の調子も非常に良く、寒い時期には附子を加えるなどして現在も継続中。

考察:胃腸虚弱に用いる薬方としては、人参湯、四君子湯、六君子湯などが代表的なものであるが、そのうちで人参湯は胃の冷えの強い状態に用い、四君子湯、六君子湯は、温める力は人参湯に劣るが、脾胃の虚、すなわち消化吸収力の低下している状態に用いる薬方である。この二方では、四君子湯が六君子湯よりも更に虚証のものに用いられることになっているが、この症例でも、胃重感に対して六君子湯に変方したところ、便秘になりかなり苦しい思いをさせてしまった。これは半夏により乾かしすぎてしまったものと考え、六君子湯去半夏、すなわち四君子湯加陳皮としたところ、それまでの胃重感も消失し、便通も正常となった。このように、漢方治療を求めてくる虚証の患者では、生薬一味の加減で大きく効果が違ってくる場合がある。



                                           金匱会診療所所長
                                                 山田享弘